2012/10/17

写しとデザイン

「写し」とは「書画を写しとること。模写」であり、模倣という言葉には創造的な意味が感じられないのが現在です。日本文化には写す行為から学ぶとともに、新たに創造的なものが生み出されるという見方があります。絵画や陶芸、書においては多くの事例があります。昨夜のテレビ番組に出ていた「大野鈍阿の茶器」もその一つでしょう。書画に比べて機能を有する茶器は、デザインされたものとも言えます。では模倣された茶器のデザイン価値はどこにあるのでしょうか。ここで思い出すのがヤング著『アイデアの作り方』の「アイデアとは既存の新たな組み合わせ」という言葉です。そうです。写す行為の中で新たな組み合わせが行われ、そこで新たなアイデアが生まれるのです。若いうちに沢山のデザインを写しましょう。新たなアイデアの創出のために。

2012/10/14

素材とグラフィックのデザイン価値

20年近く替刃を何度も交換して愛用したブラウンのシェーバーですが、最近どうも剃り心地が良くなくて、買い替えを考えていました。最近のコマーシャルを観ると水洗いできたり、除菌できたりと優れものが多いので電気店に行って来ました。そして、いろいろ比較して購入したのが写真のシェーバーです。剃り心地も良くて満足してますが、本体のプラスティッキーなこと、グリップ感がそのためにしっくりこない。それ以上に残念なのが本体に直に印刷された注意書きです。担当デザイナーはどこまで頑張ったのでしょうか。使用する生活者にとってのデザイン価値は細部にも存在します。

2012/10/13

デジタルスケッチ基礎

言うまでもなく、アイデアは手描きが基本です。ものを見る力、表現する力は手描きで養われます。しかし、デジタルスキルを無視することはできません。実際、デザインの現場でIllustratorとPhotoshop抜きに作業は進まないでしょう。学生の皆さん、デジタルスキルも身につけてください。

2012/10/12

デザイン演習はアイデアの数から逃げない

デザインの創造性は数から逃げないことから生まれます。これは魅力的なアイデアを生み出す上での法則です。
そこには、もちろん一つ一つのアイデアへの拘りも必要です。私のデザイン演習の進め方は荒削りでも良いから多くの解決案を出すことを第一にして、そのために調査、分析、発想法を学んでいきます。

2012/10/05

日テレ「おはよんニュースライン」出演

実は、少しだけ掃除機の歴史についてコメントする役回りで、日テレの朝の番組に出演しました。今年の6月26日のことでした。朝早い番組でだれも観ていないと思って黙ってましたが、久々に近所の電気屋さんに会ったら「観たわよ・・・」と言われて、恐縮です。

2012/09/20

2012夏 葉山セミナーハウスでのゼミ合宿

この夏、増成研究室では、芝浦工業大学葉山セミナーハウスで二泊三日のゼミ合宿を行いました。初日は鎌倉を散策して日本文化に触れ、その夜は海岸でBBQと花火、二日目はセミナールームで研究テーマについて議論、三日目は神奈川県立美術館見学。葉山セミナーハウスは葉山マリーナの目の前にあります。




2012/06/23

掃除機のはじまり

スペングラ電気式真空掃除機特許(No.889823)


18世紀中頃からイギリス、フランスを中心に興った産業革命は、私たちの生活に多くの豊かさをもたらした。その中で、カーペットは、1785年にイギリス人エドモンド・カートライトが機械式織機を製造したことで大量生産が可能となり、価格も市民の手の届くものとなったことから多くの家庭で使用されるようになった。カーペットの普及は、住空間における埃や塵の発生となり衛生面で大きな問題となった。1860年前後には、埃を除く様々なアイデアが生まれた。例えば、「吹き込む(No.22488)」A.C.キャレイ、「回転ブラシ(No.24103)」H.デイビス、「回転ブラシ&吸込む(No.29077)」ダニエル・ヘスなどである。
これらの方式から、現在の(電気真空)掃除機が生まれたと言えるだろう。19世紀の終わり頃には、手動によって真空掃除機が製品化されたが、動力としては手動以外に水力、電力が使われていた。しかし、電力で動かすモーターはサイズが大きく、ホテル、デパート、鉄道ターミナル、個人宅の地下室において、吸入口は各部屋に設ける「固定式真空掃除機」か、馬車で牽いて街路に置き各家庭を清掃して回る「移動式真空掃除機」であった。
現在の掃除機に最も近い基本特許(No.739263)は、1905年にケニーが取得している。その後、1908年にスペングラが取得した電気式真空掃除機特許(No.889823)は、いとこのフーバーに売却され、1909年には製品として発売している。
1910年頃になっても、家庭用に手動蛇腹式掃除機が各種製品化されている。これらは電動式に比べて安価であったためで、通販等で販売されていた。1915年頃になると、電気モーターの小型化によって、真空掃除機の主流は電動式へと移っていった。この当時も掃除機の普及を後押ししていたのは、衛生面での意識であった。しかし、ここで問題となったのが、衛生面で公告されても製品のイメージは、モーターがむき出しの無骨なものであり、決して清潔感のある美しいイメージではなかった。
1936年、フーバーがヘンリー・ドレフェスにデザインを依頼して、150型真空掃除機を製品化した。このデザインは、マグネシウム合金とプラスティック使用して清潔感と軽さの実現し、形態のクリーンアップに成功し、販売に貢献した。これは、アメリカにおけるインダストリアルデザインの成功事例である。
日本におけるはじめての電気掃除機は、1931年にGEより技術供与されたものを東芝が製造発売している。