2013/10/04

私的モバイルPC歴

私のパーソナルコンピュータ獲得劇の中でも、モバイルPCを初めてに手に入れた時の感動は忘れられない。1995年ごろだったと思う。アップルのマッキントッシュDUOを当時の手取りボーナスをほぼつぎ込んで購入した。妻には、「そんなに高くはないんだ!」と、平静を装い、Mac writeとMac paintで資料らしきものを作り、「ほら、役立つんだから!」と、納得させていた。
パソコンがモバイルになると、使い方が変わる。いつでも、どこでもの始まりです。はじめは、重量とバッテリーの持ちが重要な機種選定の判断基準でした。
それから、MacBookやLetsNote、JORNADA、iPadなどなど何台ものモバイルPCをいろいろと言い訳して購入してきました。
そして、今の私の環境で最も便利なのが、surfaceです。何と言っても軽い、起動が早い、何よりも学校のネットワークに繋がる。
時代とともに私の判断基準も変わってきたなと思う。



2013/09/22

アップルは欲望のオブジェを創ってきた

アップルは創業以来、イノベーションとマーケッティングで業界をリードし、世界中のイノベータ、アーリーアダプタが欲しくなる商品を欲しくさせる仕組みとともに創ってきました。私もその企業姿勢を応援し踊ったひとりです。
しかし、37年の歴史の中では企業としての存続をも危ぶまれた時期がありました。イノベータ達からそっぽを向かれた時期です。デザインもフロッグデザインが新機軸を出した時期はパソコン以外のデザイン思考にも多くの影響を与えました。私もそのひとりでした。
そして、iPhone5sと5cの発売、日本では通信会社No.1のドコモが扱うようになりました。中国では米国日本と同時発売でした。マジョリティが騒ぎ出した時アップルは危ない。ジョブズがいたらどういう手に出るだろうか。
iPhone5sと5cを手に入れるために、台風の中並んだ購入者には新商品の機能や性能といった内容だけでなく、外観すら見えていないようです。だれかが「デザインが良くなった」と言ってましたが、それは裸の王様の発言です。通信会社は目先のことしか見えてなく、社長自ら踊っている。お祭りだから、、、とも言われています。
このような状況だからこそ、今がチャンスです。日本らしいものづくりから、世界で戦える商品とサービスを創っていくことができるように思います。

9月20日 朝日新聞夕刊

2013/09/12

杖のいる生活

杖を使いはじめて一週間、私の場合は、左膝を痛めたため右手に杖を持ちます。地面に着いた時に左足にかかる力の2から3割程度を右手で受け持つわけです。痛めた足への負担を軽減して、治癒を即すのが狙いです。
当然ですが、右手は疲れますし、手の甲は痛くなり、真っ赤になります。そして、今度はその痛みが脇の下にきます。
これらの問題は、杖のグリップの形状をリデザインすることで、随分と解決するのではないかと思われます。肘もサポートするタイプのものもありますが、個人差への対応はできていません。握る行為の道具は沢山ありますが、杖ほど長時間大きな負荷がかかるものは少ないように思います。

2013/09/11

トイレのマークと東京オリンピック

私たちが日常、駅や公園で見慣れているトイレのマーク、これがはじめて使用されたのが1964(昭和39)年の東京オリンピックです。
 

 

1964(昭和39)年10月6日『毎日新聞』朝刊


1964(昭和39)年10月10日(土)午後2時58分
「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します」、天皇陛下のお言葉で開会式が宣せられ、94か国から7,000名あまりの選手が参加し、開会式の入場者は73,000名に達したそうです。外国人が大挙して東京にやってきたのです。

新聞では、外人に対するマナーなども記事として取り上げられました。そんな中で、1964(昭和39)年10月6日(火)の毎日新聞朝刊では、「無言のガイド 絵ことば」「トイレに一番苦労 競技場別に色分けも」と題した記事で、競技場内の案内マークが紹介されています。

すでに、哲学者オットー・ノイラートとイラストレーターのゲルト・アルンツによってデザインされたIsotypeと言われる非言語による意味表現としてピクトグラムはありましたが、トイレのマークとして普及するきっかけになったのは、間違いなく東京オリンピックです。

私が初めて出張でドイツに行って、レストランのトイレを探していたとき、ドアに「Damen」「Herren」と書かれていて、まったくドイツ語の分からない私は、間違って「Damen」のドアを開けてしまった恥ずかしい記憶があります。今では、ドイツでも空港やホテル、公共施設、大きなレストランではトイレのマークが使われているのではないでしょうか。

2013/08/18

バックにキャスターを付けたのは誰?その2

 少しだけ調べてみました。
 
 旅行バックは、ルイ・ヴィトンに代表されるトランクケースに始まり、スーツケース、トローリーケース(「コロコロ」「ガラガラ」とも言われる)へと変化して現在に至っています。
1964年、東京オリンピックの年に海外旅行が自由化され、第一次海外旅行ブームが起こったことから旅行用のバックの需要が増しました。
 初めてのキャスター付きスーツケースは、エースのサムソナイト「シルエット」だと言われています。これは横型走行タイプでしたが、1975年には縦型縦開きになります。現在の縦型横開きになったのは、1978年に発売された「ワードロープ-3」だったようです。
 1980年代になると個性化の時代となり。1990年代になってキャリーハンドルの付いたピギーケースが出てきました。この間に「もっと楽に運びたい」とのユーザー要望から改良が重ねられ現在に至っているようです(以上、地球の歩き方「スーツケース進化論」arukikata.co.jp参考)。
 
 
 それでは、誰がデザインしたのか?意匠登録を1970年から2000年まで概観してみると、初めてのキャスター付きは、1973年10月31日出願、意匠登録442188、創作者:平野辰雄でした。海外意匠、特許も合わせてもう少し調べる必要があります。
 
 

今回の意匠登録調査で、榮久庵憲司が1967年に創作出願した手さげバックを発見しました。確認はできていませんが、デザインから1967年に発売されて爆発的なヒットをしたという「デボネア」ではないかと推測しています。

2013/08/17

バックにキャスターを付けたのは誰?

 ものをデザインすると使われるスタイルが生まれる。スタイルはシーンをつくり、物語を生むことに繋がる。しかし、そこには生まれた背景がある。
 
 初めて、バックにキャスターをつけたのは誰だろう。重たい荷物を運ぶためにはどうすれば楽になるか?考えた結果だろう。
 ただ少し前まで旅行するとき、駅などで荷物を運ぶのはポーターだった。もちろんホテルでも。ポーターにチップを渡すことが当たり前だった。だから、鞄を所有している人にとっては荷物を楽に運ぶことは必要ではなかったし、ポーターにとっても自分の仕事を奪う手段を取り入れる必要はなかった。
  現在のキャスター付キャリーバックは、自ら鞄を運ぶ旅行者が増えたためだろう。旅行の大衆化、日常化がバックにキャスターを付けるアイデアを生んだとも言える。
 一度、しっかりとキャスター付キャリーバックの歴史を調べてみたいものです。
 
 

2013/08/08

葉山セミナーハウス夏ゼミ合宿

増成研では、毎年夏休みに入ってすぐのこの時期に、芝浦工業大学葉山セミナーハウスでゼミ合宿を行っています。卒業研究を推進する上で夏休みは大変貴重な期間であり、夏休みの初めにこれまでの進捗の確認をするとともに、相互の意見交換をすることは大切です。
 
今年は吉武研と合同で卒業研究の集中討議、活発な意見交換が行われました。この場での討議が今後の成果に繋がることと思います。まだまだ、研究目的が絞りきれていない学生もいますが、これからが本番です。大学4年間の成果を悔いのないかたちで導き出して欲しいものです。
 
そして、その後はBBQ、花火。
増成研は、厳しく、楽しく、卒業研究を推進しています。