昨日、12月1日に就職活動が解禁になりました。実は採用活動の開始です。休日にも関わらず多くの会場で企業説明会が開催され、学生たちが集まったようです。地方から大学単位でバスをチャーターして都内の会場に来た学生も多かったようです。
企業説明会は、その名のとおり企業が自社の説明をする場です。「自社にとって有能で優秀な学生」にアピールする場です。学生にとっては、興味のある(実は名前を知っているだけの)企業についての情報を手に入れる場です。
学生が企業について知る機会としては、3年生の夏に各社が開催しているインターンシップがあります。しかし、これは企業の側から見ると「自社にとって有能で優秀な学生」を探す場でもあります。インターンシップを終えた学生の多くが「とても楽しかった」と言って帰ってきますが、それは当たり前です。企業にとってインターンシップで厳しく指導する必要はないからです。企業によっては学生はお客さんですから、「ブランドのファン」になってもらうことも目的だからです。
その他にも、企業ホームページや四季報、OB訪問などなど、一般に「企業研究」と言われますが、多くの場合は「企業勉強」です。 本当の意味での「企業研究」を行えば、エントリーシートでも面接でも企業の採用担当者に注目されるのは間違えなしです。
では、本当の意味で、学生にとっての「企業研究」は、何をすべきなのでしょうか。その企業の業種、業態によっても異なるでしょうが、学生にしかできない研究です。採用担当者や説明に駆り出されてくる社員が自社の製品について詳しいわけではありません。
学生、若者の視点でその製品の分解(ハード&ソフト両面で)評価したり、他社製品との比較評価を店頭観察や友人へのアンケートで行うことはできるでしょう。行った調査結果から学生にしかできない視点での考えを述べたり、提案ができるはずです。
ただし、自慢してはいけません。案外、企業から見れば当たり前のことかもしれませんから。大切なことは、取り組んだプロセスです。どのように分解し、観察し、分析したかです。
ここまで読んだ方には、わかっていただけたと思うのですが、ここでのプロセスは「卒業研究」と同じです。テーマを決めて、目的を明らかにするために対象、方法を計画して、結果がでるまで取り組む。明らかにならない場合は計画を見直す。実は、企業におけるPDCAのサイクルを回すことと同じです。
「企業勉強」ではなく「企業研究」して望めば、企業側も身を乗り出して、あなたの話を聞いてくれることでしょう。決して「貴社のホームページにもあるように・・・」などと切り出してはいけません。そんなことを学生から聞かなくともわかっているからです。しっかりと研究することで志望理由も明確になることでしょう。
注)「自社にとって有能で優秀な学生」とは
各社にとって学生の評価は異なることを意味します。同じ企業にとっても事業状況によっては、求める人材は異なります。企業は学校名や成績だけで評価していません。なぜなら、入社後の成績はそれだけでは決まっていないという事実があるからです。
2013/12/02
2013/12/01
就活を採用活動の視点で考える
12月1日、今日から2015年春卒業予定の大学3年生、修士1年生の就職活動が解禁されます。今朝の新聞の一面にも「採用上向き でも甘くない」の文字が並び、社会面には「企業求む
優秀人材」「海外からもライバル」とシューカツをメディアの話題にしています。
「今の就活は昔とは違う」という言葉も良く聞きます。しかし、基本はそんなに変わらないように思います。「就職活動」は企業側からみれば「採用活動」です。学生の皆さんも相手の立場になって自身の活動を見直すと本質が見えてくるのではないでしょうか。
企業は優秀な人材を探しています。当たり前です。私が前職で採用活動に関わっていた頃、冗談で「俺たちの退職金を稼いでくれる奴を採用しよう」と言ってました。40代、50代の人事課長、人員増の決済を通した部門の担当者にとって社業に貢献してくれ、結果として自分たちが退職する時に退職金が出せる(できるだけ多く)会社にしてくれるかは重要な問題です。ですから、冗談ではなく結構本気の判断基準です。
それでは、企業は具体的に何を基準にして採用活動をして、学生の何を見ているのでしょうか。当たり前ですが、個々の会社が求める人材を探しているのです。と言うことは、同じ業界でも各社の風土、商品戦略や戦術は異なるので、求める人材も異なるということです。だから、学生は企業研究が必要となります。
学生が志望理由で言いそうな「貴社の製品デザインが社会で評価されており、、、」「貴社はグローバルに展開されており、、、」「貴社の素晴らしい業務環境(インターンシップで良いとこだけを見てきて)で頑張りたい、、、」などという言葉を社会を知らない学生から聞きたいと思う採用担当者がいると思いますか。エントリーシートや面接でこんな文章や言葉を使用することで評価されることはないでしょう。逆効果はあったも。
次回のブログでは、「学生の企業研究について」。
優秀人材」「海外からもライバル」とシューカツをメディアの話題にしています。
「今の就活は昔とは違う」という言葉も良く聞きます。しかし、基本はそんなに変わらないように思います。「就職活動」は企業側からみれば「採用活動」です。学生の皆さんも相手の立場になって自身の活動を見直すと本質が見えてくるのではないでしょうか。
企業は優秀な人材を探しています。当たり前です。私が前職で採用活動に関わっていた頃、冗談で「俺たちの退職金を稼いでくれる奴を採用しよう」と言ってました。40代、50代の人事課長、人員増の決済を通した部門の担当者にとって社業に貢献してくれ、結果として自分たちが退職する時に退職金が出せる(できるだけ多く)会社にしてくれるかは重要な問題です。ですから、冗談ではなく結構本気の判断基準です。
それでは、企業は具体的に何を基準にして採用活動をして、学生の何を見ているのでしょうか。当たり前ですが、個々の会社が求める人材を探しているのです。と言うことは、同じ業界でも各社の風土、商品戦略や戦術は異なるので、求める人材も異なるということです。だから、学生は企業研究が必要となります。
学生が志望理由で言いそうな「貴社の製品デザインが社会で評価されており、、、」「貴社はグローバルに展開されており、、、」「貴社の素晴らしい業務環境(インターンシップで良いとこだけを見てきて)で頑張りたい、、、」などという言葉を社会を知らない学生から聞きたいと思う採用担当者がいると思いますか。エントリーシートや面接でこんな文章や言葉を使用することで評価されることはないでしょう。逆効果はあったも。
次回のブログでは、「学生の企業研究について」。
2013/11/23
日本のデザイン政策知ってますか?
私などが述べるのは恥ずかしいのですが、皆さん、役所のホームページをご覧になったことはありますか?
正直に言うと、私は前職で「新日本様式」協議会事務局の仕事をするまでは、そして、その時期に社会人として大学院に通っていなかったら、一度も見ていなかったかもしれません。
しかし、例えばデザインに関わる政策は経済産業省が所管しているので、いろんな報告書が公開されています。目的はいろいろあるでしょうが、利用しない手はありません。
デザイン行政は、デザインの模倣が欧米から指摘されてて当時の通商産業省にデザイン課が設置されたことから始まりました。ホームページでは、その後の政策の歴史も知ることができます。デザインに関わる者として一度は訪れてもよいページでしょう。
http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/human-design/
つい最近まで、デザイン行政は、製造産業局のデザイン・人間生活システム政策室で行われていましたが、数年前から、商務情報政策局のクリエイティブ産業課デザイン政策室が担当しています。これだけを見てもデザインの社会での位置づけが変わってきていることがわかります。
現在のデザイン政策を所管するクリエイティブ産業課の仕事内容は、ホームページによると、以下のとおりです。4番目の項目に「デザイン」という言葉が一度出ているだけです。そして、「指導」「奨励」「盗用」の言葉が出てきます。現在と未来に対してのデザインについて、説明ができていないように思うのは私だけでしょうか。
以下、ホームページより
=================
生活文化創造産業課(クリエイティブ産業課)所掌事務
1.経済産業省の所掌に係るサービス業のうち生活文化の創造に関連するものの発達、改善及び調整に関すること(ヘルスケア産業課及び文化情報関連産業課の所掌に属するものを除く)
2.経済産業省の所掌に係る事業のうち生活文化の創造に関連するものに関する事務の総括に関すること。
3.第9条第3号及び第14号に掲げる事務であって、次に掲げる物資に関するものに関すること。日用金属製品及び日用合成樹脂製品、陶磁器及びほうろう鉄器、ガラス製品(製造産業局の所掌に属する事務に係るものを除く。)、マッチ、コルク及び木竹製品、運動用具、文房具及び楽器、おもちゃ、喫煙具、装身具及び傘、包装材料、その他雑貨工業品(製造産業局の所掌に属する事務に係るものを除く)
4.デザインに関する指導及び奨励並びにその盗用の防止に関すること。
5.伝統的工芸品産業の振興に関する法律(昭和49年法律第57号)の施行に関する事務の総括に関すること。
6.地域伝統芸能等を活用した行事の実施による観光及び特定地域商工業の振興に関する法律の施行に関すること。
正直に言うと、私は前職で「新日本様式」協議会事務局の仕事をするまでは、そして、その時期に社会人として大学院に通っていなかったら、一度も見ていなかったかもしれません。
しかし、例えばデザインに関わる政策は経済産業省が所管しているので、いろんな報告書が公開されています。目的はいろいろあるでしょうが、利用しない手はありません。
デザイン行政は、デザインの模倣が欧米から指摘されてて当時の通商産業省にデザイン課が設置されたことから始まりました。ホームページでは、その後の政策の歴史も知ることができます。デザインに関わる者として一度は訪れてもよいページでしょう。
http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/human-design/
つい最近まで、デザイン行政は、製造産業局のデザイン・人間生活システム政策室で行われていましたが、数年前から、商務情報政策局のクリエイティブ産業課デザイン政策室が担当しています。これだけを見てもデザインの社会での位置づけが変わってきていることがわかります。
現在のデザイン政策を所管するクリエイティブ産業課の仕事内容は、ホームページによると、以下のとおりです。4番目の項目に「デザイン」という言葉が一度出ているだけです。そして、「指導」「奨励」「盗用」の言葉が出てきます。現在と未来に対してのデザインについて、説明ができていないように思うのは私だけでしょうか。
以下、ホームページより
=================
生活文化創造産業課(クリエイティブ産業課)所掌事務
1.経済産業省の所掌に係るサービス業のうち生活文化の創造に関連するものの発達、改善及び調整に関すること(ヘルスケア産業課及び文化情報関連産業課の所掌に属するものを除く)
2.経済産業省の所掌に係る事業のうち生活文化の創造に関連するものに関する事務の総括に関すること。
3.第9条第3号及び第14号に掲げる事務であって、次に掲げる物資に関するものに関すること。日用金属製品及び日用合成樹脂製品、陶磁器及びほうろう鉄器、ガラス製品(製造産業局の所掌に属する事務に係るものを除く。)、マッチ、コルク及び木竹製品、運動用具、文房具及び楽器、おもちゃ、喫煙具、装身具及び傘、包装材料、その他雑貨工業品(製造産業局の所掌に属する事務に係るものを除く)
4.デザインに関する指導及び奨励並びにその盗用の防止に関すること。
5.伝統的工芸品産業の振興に関する法律(昭和49年法律第57号)の施行に関する事務の総括に関すること。
6.地域伝統芸能等を活用した行事の実施による観光及び特定地域商工業の振興に関する法律の施行に関すること。
2013/11/18
真似ることから学ぶ
「学ぶ」は「まねぶ(学ぶ)」で「まねる(真似る)」と同源であると言われています。
「ルーブル美術館は模写する芸術家の卵のためにできた」とも、聞いたことがあります。
「職人は、師匠の技を盗んで一人前になる」と言われますが、これも見て学べということでしょう。
製品開発において大切なことのひとつが、他社製品の分解から学ぶことだと教えられました。
若い頃、デザイナーがスケッチを上手く描けるようになる近道は、先輩のスケッチを真似ることだと悟りました。
言うまでもなく人類の歴史は、先人の知恵を学び利用し、新たな知恵を発見しては積み重ねて来たのですから、発見と創造の基盤に「学び」があることに間違いはないでしょう。
真似ることは、決して消極的な行為ではなく学ぶための基本的なステップであると思います。ところが近代になって、発明者の権利がビジネスとの関わりでクローズアップされ「どちらが先に発明したか・・・」の議論の中で、真似ることが否定的な意味に捉えられるようになってきたと思われます。
ジェームズ・W・ヤングは「アイデアのつくり方」の中で、「アイデアは既存の組み合わせである」と言っています。すなわち、如何に多くの既存の知を身に付けるかです。人類が蓄積してきた知を有効に活用するために、また、次なる新たな知を生み出すために、「真似ることから学ぶ」姿勢が大切であると感じています。
「ルーブル美術館は模写する芸術家の卵のためにできた」とも、聞いたことがあります。
「職人は、師匠の技を盗んで一人前になる」と言われますが、これも見て学べということでしょう。
製品開発において大切なことのひとつが、他社製品の分解から学ぶことだと教えられました。
若い頃、デザイナーがスケッチを上手く描けるようになる近道は、先輩のスケッチを真似ることだと悟りました。
言うまでもなく人類の歴史は、先人の知恵を学び利用し、新たな知恵を発見しては積み重ねて来たのですから、発見と創造の基盤に「学び」があることに間違いはないでしょう。
真似ることは、決して消極的な行為ではなく学ぶための基本的なステップであると思います。ところが近代になって、発明者の権利がビジネスとの関わりでクローズアップされ「どちらが先に発明したか・・・」の議論の中で、真似ることが否定的な意味に捉えられるようになってきたと思われます。
ジェームズ・W・ヤングは「アイデアのつくり方」の中で、「アイデアは既存の組み合わせである」と言っています。すなわち、如何に多くの既存の知を身に付けるかです。人類が蓄積してきた知を有効に活用するために、また、次なる新たな知を生み出すために、「真似ることから学ぶ」姿勢が大切であると感じています。
2013/11/09
複製技術とデザイン
ベンヤミンは、「機械的な複製は芸術作品をアウラから解き放った」と言ったが、機械的複製の代表である工業製品のデザインはアウラから解き放たれ、真に生活者のものとして生まれたはずです。しかし、今、デザインにアウラの呪縛が再現しているようです。先日来のネットでのGマークに関する記事の背景にはデザインを前にしての現在的なアウラの存在が見えます。デザインを表象の手段として経済だけでなく政治まで関連してきているような影を感じます。
芸術とデザインの違いについて論じようとしたとき、複製技術との関わりを抜きには語れません。このように書き出すと、写真やリトグラフは芸術ではないのか?といった言説が出てきます。ここでの複製技術とは、無制限な複製、いつでもだれでも可能な複製です。写真やリトグラフは無制限な複製を数として制限する手段をもって、アウラを温存しつつ芸術としての鑑賞対象になっています。
立体物における複製技術では、今話題の3Dプリンターがありますが、現在の私たちの生活を支えている多くの人工物を作っているのは型です。樹脂成形品から陶磁器、お菓子まで原型を雄型にして雌型をつくり、大量生産を可能にしています。
先日、熱海の商店街を歩いていたら、店頭にお菓子の木型が置いてあるのを見かけました。お土産に買って帰ったお饅頭にはアウラは感じませんが、この木型には感じるものがあります。
デザインの原型には存在するアウラも複製技術によって大量生産されたものには必要ないのかもしれません。ギーディオンが製品を「ものいわぬもの(訳書での言葉)」と言っているように、本来、大量生産された製品デザインは芸術とは一線を画すものです。
デザインは、生活者自身が「ものいわぬもの」と関わる中で、それぞれの善なるアウラを育てるものかもしれません。
2013/11/02
デザインの模倣と創造
知人の井藤 隆志氏がデザインした自転車にコンセプトが類似している製品がグッドデザイン賞の上位賞にノミネートされています。彼のFBでの主張に対して多くの意見が寄せられています。全てが全面的な賛同ではないのはもちろんですが、「デザインに賞を与える」とは、どういうことであるかを考える機会を頂きました。
井藤 隆志のデザインした自転車
http://www.utilitebikes.com/photogallery/photo04.html
GOOD DESIGN BEST100の自転車
http://www.g-mark.org/award/describe/40034?token=xWZnc506gS
デザイン以外の賞についても同様のことは言えるでしょうが、あまり広げては論点がぼけてしまいますので、ここでは特に日本における工業製品のデザインについて、私の意見を述べたいと思います。まず、日本におけるGマーク制度のはじまりについて、日本デザイン振興会のHPにもあるように、制度のはじまりは、日本製品のデザイン模倣に対しての外圧に因るものです。日本は今の中国のようなデザイン意識であったわけです。残念ですが。
以下、日本デザイン振興会のHPより
「1)制度の誕生 「Gマーク制度」は、日本による外国製品の模倣という国際的な知的財産権問題を背景として、1957年(昭和32年)に設立されました。模倣を防止するには創造的なデザインを奨励するべきであるという考え方に基づくスタートでしたが、当時はまだデザインという言葉も一般的ではなく、企業でもほとんど実践されていませんでした。そこで審査員自身が街へ出て、「よいデザイン」探し出すことから始められたといいます。たいへんな労力と根気を必要とする選定でしたが、我が国の産業と生活を発展させていくためには「デザインがなにより必要だ」という強い思いが、この制度を生み育てていったのです」
「Gマーク制度」では、創造性が求められています。これは、デザイン行為の根源的かつ普遍的なものであると思います。
それでは、独創性とは何か。同時代を生きているデザイナーは、当然ながらその時代の社会に影響されながらデザインしているわけです。デザイナーが表現するモノは、何らかのかたちで時代の産物であると言えるでしょう。そのため、今回のような件も、コンセプトの類似から造形が生まれたと言えないことも無いように思えます。
しかし、待ってください。ここで大切なことは、もし模倣ではなく同様の発想から生まれたのであれば、先に製品化されたモノとの差別化をその時代の多くの人が理解するレベルで図るべきです。もし、意図的ではなく、知らなかったと言うのであれば、それはプロとして知らなかったことを恥ずべきであり、知った時、または指摘された時に真摯に対応すべきです。
工業製品のように大量生産品のデザインであればあるほど、デザインのオリジナリティに価値を与える(賞を与える)社会であるべきでしょう。
井藤 隆志のデザインした自転車
http://www.utilitebikes.com/photogallery/photo04.html
GOOD DESIGN BEST100の自転車
http://www.g-mark.org/award/describe/40034?token=xWZnc506gS
デザイン以外の賞についても同様のことは言えるでしょうが、あまり広げては論点がぼけてしまいますので、ここでは特に日本における工業製品のデザインについて、私の意見を述べたいと思います。まず、日本におけるGマーク制度のはじまりについて、日本デザイン振興会のHPにもあるように、制度のはじまりは、日本製品のデザイン模倣に対しての外圧に因るものです。日本は今の中国のようなデザイン意識であったわけです。残念ですが。
以下、日本デザイン振興会のHPより
「1)制度の誕生 「Gマーク制度」は、日本による外国製品の模倣という国際的な知的財産権問題を背景として、1957年(昭和32年)に設立されました。模倣を防止するには創造的なデザインを奨励するべきであるという考え方に基づくスタートでしたが、当時はまだデザインという言葉も一般的ではなく、企業でもほとんど実践されていませんでした。そこで審査員自身が街へ出て、「よいデザイン」探し出すことから始められたといいます。たいへんな労力と根気を必要とする選定でしたが、我が国の産業と生活を発展させていくためには「デザインがなにより必要だ」という強い思いが、この制度を生み育てていったのです」
「Gマーク制度」では、創造性が求められています。これは、デザイン行為の根源的かつ普遍的なものであると思います。
それでは、独創性とは何か。同時代を生きているデザイナーは、当然ながらその時代の社会に影響されながらデザインしているわけです。デザイナーが表現するモノは、何らかのかたちで時代の産物であると言えるでしょう。そのため、今回のような件も、コンセプトの類似から造形が生まれたと言えないことも無いように思えます。
しかし、待ってください。ここで大切なことは、もし模倣ではなく同様の発想から生まれたのであれば、先に製品化されたモノとの差別化をその時代の多くの人が理解するレベルで図るべきです。もし、意図的ではなく、知らなかったと言うのであれば、それはプロとして知らなかったことを恥ずべきであり、知った時、または指摘された時に真摯に対応すべきです。
工業製品のように大量生産品のデザインであればあるほど、デザインのオリジナリティに価値を与える(賞を与える)社会であるべきでしょう。
2013/10/27
卒業研究の中間審査会開催
芝浦工業大学デザイン工学では、学部4年生の卒業研究は研究テーマと研究方法をPPTで発表する「中間発表会」が6月に開催され、研究の進捗状況をパネルで発表する「中間審査会」がこの時期に開催されています。
学生たちは、スーツ姿で自分の研究説明パネルの横に立ち、主査、副査の先生が来ると4分程度で研究題目、研究目的、研究方法、進捗状況について説明します。緊張感を持って説明し、コメントを真摯に受け止めて最終発表までの研究を進めて欲しいと思います。
発表を聞けるのは、先生だけでなく3年生も可能です。彼らは先輩の研究発表を聞き、4年になってからの研究テーマを決める参考にするとともに、研究室を決める参考にします。
登録:
投稿 (Atom)


